BGC駐在日記

フィリピンのフォート・ボニファシオ(BGC)での生活の記録です。

勤務初日

朝 7 時に起床。エアコンはつけていなかったが、Tシャツ半パンの寝巻と小さなブランケットでは、やや肌寒いようだ。かといって、寝袋(念のため日本から持ってきた)を使うほどでもない気がするので、もう少し保留。手早く身支度をして家を出る。フィリピンと日本には 1 時間の時差があり、フィリピンの方が遅い。日本の始業時間である 9 時に合わせるため、8 時を始業としようと、上司のAさんと取り決めてある。

昨日と違って、朝から太陽が出ていて気持ちがいい。気温もそこまで高くなく、快適だ。日の光に照らされて、昨日よりはずっと街が輝いて見える。ただ、いまひとつ信号の変わるタイミングや、渡っていい時・悪い時の違いが分からず、落ち着いて歩けない。BGC では歩行者が優先のようで(逆に言うと、そうではないのがフィリピンの常識だということだろう)、信号のないところでは、人が渡っていれば車が止まる。とはいえ、日本に比べればずっと強引に割り込んでくるので、横断歩道を渡っているからといって油断はできない。日本もかつてはこうだったのだろうか?

出勤初日ということで、まずは PC のセットアップなどに追われる。日本にも仕事を残してきているので、日本に置いてきた PC にリモート接続する。通信環境がリッチではないためタイムラグがあるものの、メールの読み書きや書類作成くらいなら問題なさそうだ。昨日一日メールを読んでいなかっただけで、ずいぶん溜まっている。ややうんざりしつつ、上から順に処理を始める。

フィリピンのオフィスでは、9 時に朝礼が始まるようだ。フィリピン人の副社長が、早口で今日の予定やスタッフの勤怠を連絡する。ただでさえ完璧に聞き取りできるわけではないのに、知らない話題について英語でボソボソと喋られても理解できない。しかし、Aさんはもっと理解できていないはずなので、この場で理解できなくてもさほど支障がないことなのだろう。朝礼の最後に自己紹介の時間をもらったので、全員に向かって大きな声で話す。あらかじめ、自己紹介を要求されたらこんなことを話そう、と心の準備があったので、まずまず言いたいことは言えたと思う。スタッフの反応を見ても、通じていたようだ。

ところで、外国語を話す時は、大きい声で話すのが上達のコツだと私は思っている。何故なら、通じなかった時に「聞こえなかったから」という可能性を最初から除外できる方が、お互いスムースに意思疎通ができるからだ。別に間違えていても、誰も気にしない。外国人が日本に来ておかしな日本語を話していても、それを気にする人がいないのと同じだ(待てよ、もしかして他の人は気にしているのか…?)。

昼食は、オフィスビルにやってくる庶民的なケータリングサービスを利用。110 ペソ(230 円)で、何種類かのおかずから 2 種類選んで、ご飯が付く。長粒種のパサパサした米なので、日本人の感覚ではあまり美味しいものではない。勿論、私の感覚でも美味しいものではない。が、食べられる。おかずもほとんどが肉料理で味が濃い。ジャンクな感じ。安いけど。フィリピン人スタッフも「日本に比べてお米が美味しくないでしょう?」みたいなことを聞いてくる。「まぁ、食べられるよ」と答えておく。

昼食の弁当

昼食の弁当

午後からは、Aさんが今後長期滞在するコンドミニアムを探しに行くというので、ついていくことにした。自分も、2-3 週間のうちに妻と自分が住む部屋を見つけなくてはならず、参考にするためだ。H社長とAさんと私の 3 人で現地に出向いて、ロビーでブローカーと待ち合わせる。フィリピンのコンドミニアムは、どこであれガードマンがいて、ロビーがあって、コンシェルジュがいるらしいが、今回紹介された物件はもっと広い敷地全体が隔離されていて、敷地への入口ごとにガードマンがいる。もちろん、各ビルにもガードマンやコンシェルジュがいる。敷地の広さはちょっとした街といった感じで、南北を歩いたら 10 分は優にかかりそうだ。敷地の内部は、植物が植えられ、歩道が整備され、水が流れていたりプールがあったりと、さながらプライベートな公園のようである。通りを挟んで敷地が広がっているので、途中で専用の歩道橋を渡ったりもする。その歩道橋にもゲートがあり、住民だけが持つカードをかざさないと開かないし、ガードマンもいる。中々徹底している。日本人も多いらしく、ランドセルを背負った子供たちも何人か見かけた。

紹介された部屋は、しかし、それほど心に響くものではなく、Aさんも似たような印象を受けたようだ。1 つのリビング・ダイニングと、1 つのベッドルーム。内装や家具も悪くはないがパッとしない(コンドミニアムは家具や家電が一式揃っているのが基本だ)。その割に然程安くもないので、納得感が少ない。ショッピングモールが近かったり、前述のように外界と隔離されていたりと、住環境としては悪くないのだろうが、男一人で住む立場からすると、もう少し違うところにお金をかけたいというのが正直なところではないだろうか。まぁ、まだ 1 軒目である。のんびりしているわけにはいかないが、焦ってもいいことはなさそうだ。などと、他人事っぽく考える。

 今日のブローカーは、現在私が滞在している部屋も担当している人だった。丁度私の部屋の電球が切れていたので、修理を頼みたいというような話をしたら、今から一緒に部屋に見に行ってもいいかと言う。歩いてすぐの所だし、別に問題もないので、H社長とAさんとはここで別れ、ブローカーと一緒に今の部屋へ向かう。その途中、何歳なのかと聞くので、あと何か月かで 42 歳だと答えたらひどく驚き、23 歳とか 26 歳に見えると言う(それは言い過ぎだろう)。常々若く見られる方だから慣れているが、極端に驚くのは大体西洋人だ。同じアジア人でもそんなに大きな誤差が出るものなのか。まぁ、そういう私もフィリピン人の年齢を全然推測できないし、私の場合は単純な風貌ではなく、ファッションと言動の双方が幼いから若いと想像されるのだろう。

肝心の電球は、自分で買って自分で交換しろ、という話だった。言われてみれば消耗品の交換は日本でも借主がやっている。その他に問題はないか、と聞かれて、「綺麗じゃないね」と言いたいのをぐっとこらえて、特に問題はないと答える。第一、その部屋を直前までずっと使っていたのは上司のAさんと、同僚のIさんなわけで、清潔感で文句を言うのは理不尽というものだ(別に彼らが汚いと言いたいわけではない。あるがままに使っていただけだ。)。ついでに、自分も部屋を探さないといけない、という話をポロッとしたらブローカーの目の色が変わり、是非自分に探させてくれと言う。まぁそう言うね、普通は。普段は主婦をしていて、個人としてブローカーをやっているという人なので、次々と良い物件を持ってくる、というのは難しいだろうが、お願いしておく。フィリピン人にしては綺麗な英語を話すので、話が聞き取りやすいし。もう少しゆっくり喋ってくれると嬉しいけれど。

会社に戻って、仕事の続き。初日ということで、正直全然仕事が進んでいない。何をするにも「あの設定がまだだった…」という感じ。夜 9 時近くまで仕事をしていたら、Aさんが私の夕飯を心配してくれた。そうか、日本と違って、深夜に色々と食事処の選択肢があるとは限らないのか、と思い至る。Google で、今夜行こうと思っていた店がまだやっていることを確認して、退社。Aさんも一緒にどうかと思ったが、雨が降っていたので今回は断念。

そんなわけで、通りがかりに気になっていた High Street のアメリカ料理店「New Orleans」に行く。平日の遅めの時間だったので、客はまばらだ。奥の席に通された。店の奥には小さな舞台があり、ライブ演奏が行われたりするようだ(店はジャズを売りにしている)。目の前に客がいないとアーティストが気まずいとでも思ったのかもしれない。しかし、客が私しかいない状況での私の気まずさは誰が考慮してくれるのか。とにかく、目当てだったシーフードジャンバラヤ(470 ペソ、990 円)を注文する。それだけだと気まずく感じて、シーザーサラダ(295 ペソ、620 円)も頼む。フィリピンの料理は米と肉が中心で、野菜の摂取が中々難しい。飲み物はいらないのか、と聞かれ(飲み屋だから当然だ)、水はあるかと聞き返したら、水はサービスだと言う(フランスとは違う)。だったらなおのこと不要だ。

ジャンバラヤ

スキレットに乗ったジャンバラヤ、思ったより底が深い

ジャンバラヤもサラダも、基本的には複数人でシェアする前提らしく(実際、取り分け用の皿も来た)、どちらも 2 人前はある。サラダはともかく、ジャンバラヤ 2 人前はきつかった。味はどちらも良かったのが救いで、時間をかけつつも何とか完食。ところが、そろそろ食事を終えようという時になって、男が舞台に上がり、カホンの演奏を始める。ああこの展開は…と思っていると、若い女の子とギターを持った男もやってきて、女の子が歌い始めた。お腹が一杯で動きたくないので、やむを得ず 1 曲聴いていくことにしたのだが、思いのほか綺麗な曲を歌うので、段々気分が良くなってきた。曲が終わったところで、バンドに拍手を送ったら、少し驚いた顔をして「Thank you. This is for you.」などと答えてくれた(私しかいないんだから、そりゃそうだ)。このタイミングでお勘定。チャージが 68.3 ペソ(140 円)で、全部で  833.3 ペソ(1,750 円)。1 ペソ以下の支払いはうやむやになる感じらしく、今回のケースでは 834 ペソを支払うことになった。いくらのお釣りがくるかは店任せのようだ。お釣りを待っていると、また 1 曲始まってしまう。これまた仕方ないので最後まで聴いて、拍手をして、店員に礼を言って、店を出る。

今はまだ、色々とフィリピンの暮らしが新鮮だからブログが長くなるが、2-3 週間で日常になり、書くこともなくなるんだろうな、と思う。